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1/7(sun,) 2018

言葉は心の移り変わりや思考の進む速度よりも、はるかに動作が遅いので、たくさんの誤差が生じてしまう。その誤差を埋めるために人は、遠回しに云う事を覚え、言葉に重複した意味を持たせ、曖昧な輪郭に奥行きを宿らせて、後で自分の言葉にがっかりしないように考えを巡らせる。もしその巡らせた考えが誤差を埋めるほどのものであったなら、その人は文筆家と呼ばれるのかも知れない。

まあでも、普通はその誤差を避けようと寡黙になるか、おかまいなしに話し続けるかだと思う。僕はたぶん後者で誤差生じまくりで途方に暮れている。僕が拙い曲を作ったり絵を描いたりするのは、きっとその誤差を少しでも埋めようとしているのだと思う。音楽や絵はおしゃべりな人間にとって、効果的な沈黙みたいなものだから。

「言葉の機能は不完全だ」と云うような下手な話がしたいわけじゃない。むしろ言葉の持つ力の凄みを感じるのは、完全さと不完全さの隙間に気付いた時じゃないかと思う。言葉は人を試すので。

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1/11(thu,) 2018

のんびりしている場合じゃないんだけど、ぼんやり過ぎてしまった1日。何もしなかったわけじゃないけれど、何も手応えが残らなかった。たぶん虚ろな考え事に捕われて。こんな1日もあるよね。

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1/12(fri,) 2018

なんとなく思い出したニール・ヤング。20代後半から30歳になる頃、やたらと聴いていたけれど、アルバム「Silver and Gold」が出て聴いた辺りから、なぜだかあまり聴かなくなった。別に嫌いになったとかじゃないけど。で、最近思い出して久しぶりに「ハーヴェスト」を聴いてみる。名曲揃いのアルバムだけど、やはり「Heart of Gold」がこのアルバムを印象付けていると思う。歌もギターもハーモニカもまさにニール・ヤング節。よく知られた歌詞は20代の頃繰り返し読んだ。そして久しぶりに読み返してみる。これを書いた時はニール・ヤングももちろん20代だった(たぶん27歳)。影響力を持つ若者は大抵ませている。直訳すれば「寛容な金の心を探しながら年老いていく」と繰り返されるこの歌詞の意味を、書いたニール・ヤング本人がどれほど分かっていたのだろうか?まあ優れた作品は本人さえ思わなかった力を宿しているけれど。

20代の若者ならばこれはある種の「切実な歌」なのだろうけど、50代でこの歌詞を読めば、こう思ってなきゃ生きていかれないような、当たり前の歌なのだね。年老いたら人は老獪になると思うなら、それは随分ベタな勘違いだと思う。むしろ逆じゃないかと。歳を取ると、知恵を纏う時間の余裕がなくなってくるから、無防備になる。そして同時に思うんだよね。たとえ喋り過ぎでも黙りたくないと。

「Heart of Gold」Neil Young

生きていたい
与えたい
僕は寛容な金の心を求める
鉱夫なのだ

してこなかった こんな表現は
寛容な金の心を求めることをやめたりはしない、だなんて
そうやって僕は分別を身につけていく
金の心を求め続けること
そうやって年を取っていくんだ

ハリウッドに行ったし
レッドウッドにも行った
大洋を渡った 金の心を求めて

心の中を振り返れば
今にも切れそう儚い糸が
寛容な金の心を求めることを僕にやめさせないでいる

そうやって分別を身につけていく
金の心を求めることを僕に続けさせている
そうやって年老いていくんだ

金の心を求めてやまないこと
僕は寛容な金の心を探し求める
鉱夫なのだ

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1/13(sat,) 2018

来週のライブに備えて吉田悠樹さんと練習。吉田さんのお宅にお邪魔してゆっくりリハーサルをさせてもらいました。吉田さんとのデュオでは僕が伴奏ギターを弾いて吉田さんが二胡でメロディを奏でるのが基本。でも吉田さんはソロアルバムでとても味わい深い素晴らしい歌も披露されているので、1曲歌ってくれませんか?と頼んでみたら、快諾。で、今日初めて合わせてみたんですが、これがまたとても素敵な曲でした。楽しみです。繰り返しの宣伝で恐縮ですが、今度の水曜日(17日)、leteにてtamamixさん+椎谷求さんのデュオとご一緒します。是非いらしてくださいね。
http://www.l-ete.jp/live/1801.html#d17

それにしても今日は寒い1日でしたね。

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1/14(sun,) 2018

本日はleteにてポコペンさんのソロライブが行われています。きっと素敵な楽しい時間になっているのだろうと思います。

僕は家で黙々仕事。あと2日間くらいの間にいくつかのアイデアを出さねばならないのに何も思い浮かばずどうしたもんか、。

話しは変わって、いつも使っているマックが古過ぎて容量があっという間に埋まってしまい、外付けのハードディスクもいっぱいで、新たなハードディスクは僕のマックOSでは使えないものしかない。だから埋まったらどうしても必要なファイルだけCD-Rにコピーしてから、ファイルを片っ端から消してしまう。で、一応消す前にファイルを開いて確認するんだけど、そうすると忘れていたようなテキストがいくつも出て来て、その内容がホントに先週?くらいに身近な出来事に感じるのに、作成された日付けは3年近く前だったりして、結構凹む。こんな調子で年老いて行ったらあっという間にお爺さんだよね。もっと素直になりたいなと思う。老いより早く走る為に。

こんな時に思う。若者の性急さと年寄りの性急さはきっとまったく別物で、相容れないのだろうなと。もちろんそれはよいも悪いもなくて、ただ仕方のない事。

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